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在留期間や就労分野に制限のない「永住権」を持つ人々は、昨年6月末時点で約88万人いるとされています。ところが、税や社会保険料を納めない場合などに、永住許可を取り消せるようにする法案が、今国会に提出されました。
税や社会保険料の滞納が恣意的に「故意」とみなされ、永住権を奪われてしまうのではと、懸念の声があがっています。この問題について、弁護士の鈴木雅子さんと考えていきます。

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鈴木雅子さん(本人提供)

突然浮上した「永住許可取消制度」

――今国会に提出された入管法改定案に「永住許可取消制度」が盛り込まれたのは、突然のことだったのでしょうか?

技能実習制度の廃止についてはずっと議論がされてきており、それがいよいよ法案化することは、予想されていました。しかし、突然出てきたのが永住許可取消制度の導入です。技能実習制度の廃止と合わせて閣議決定されました。

永住許可の取消については、これまでまったく議論がなかったわけではなく、実は2019年に実施された内閣府の世論調査の中で話が出てきました。もし導入されれば、これまでの永住の制度を大きく変えることなので、私たち弁護士や支援団体もどう対応するか、具体的に話が出てきた時の対応も含めて検討はしていました。

政府が出していた「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」でも、永住許可取消制度の導入について検討はすると書かれていました。そのために今年度(2024年度)中は海外の調査を含めて精査するというのが、元々示されていたところだったのですが、今年(2024年)の初めに「取消制度の導入を固めた」という報道が出て、私たちもたいへん驚きました。

元々の制度でも、永住権取得時に嘘をついていたとか、重い刑罰法令違反があったという場合には永住取消になったり、退去強制になるといったことはありました。永住許可を一旦取ればずっと安泰というわけではなかったのですが、最初に嘘をついていたなどの事情がない限りは、日本を「つい棲家すみか」としたい人たちを受け入れるというのが、これまでの仕組みでした。

社会的な信頼にもつながる永住資格

――今、永住許可を得ている人たちは、どのような人たちなのでしょうか。

「長年日本で働いてきた」「日本人の配偶者など、日本に住む人と家族関係を形成して一定年数が経過している」、そういった方たちが基本的には多いです。

また、植民地時代に日本に来られた在日朝鮮人の方たち、それに近いけれども当てはまらなかったような方たちや、中国残留婦人の家族など、色々な方がいらっしゃいます。

それから、日本の国籍法はたいへん狭く、日本で生まれたというだけでは日本国籍が取れない上、二重国籍を基本的に認めていません。他の先進国であれば国籍を持っているような、母国としては日本しかないけれど国籍はない、という方も少なからずいます。

――日本を「つい棲家すみか」とすることを考えた場合、永住許可というのは欠かせないものなのでしょうか。

ごく一部の例外はありますが、基本的に永住を除くすべての在留資格には更新が必要で、更新のために入管の広範な裁量にさらされることになるわけです。しかし、永住資格は基本的に更新がないので、在留カードの更新を除いては、普通に生活していれば入管には定期的に行くこともなくなります。

よく聞くのは住宅ローンのおりやすさですが、やはり「日本社会の一員」として扱われるという、実際の法律上の違いもあれば、社会の信頼という違いも大きいと思います。

取得までの厳しいハードル

――永住許可はどんな条件で、どんな手続きを経て取得できるものなのでしょうか。

法律上のいくつかの要件が善良であることや、独立の生計を営むに足りる資産や技能があること、などです。居住要件としては、家族関係を形成されている方は少し違いますが、原則として10年以上日本に住んでいることがあげられます。

また、いわゆる「公租公課」と言われる税金や社会保険料を履行することが必要とされていて、この審査について、法律は変わっていないのですが、運用面でこのところとても厳しくなっています。

入管が出しているガイドラインの内容も変わってきていますし、実態としてどんなに日本を棲家としていたとしても、形式的に要件に当てはまらなければ駄目、という傾向が強まっているように思います。

収入も5年間ぐらい見られますが、そのうち1年でも入管が設定している基準に満たなければ不許可になります。社会保険料や税金も、払っていればいいというわけではなく、遅れずに払っていることが必要で、それをこちらで示さなければいけない。1回でも遅れたら不許可です。実際私が扱ったケースでも、他は全部問題のない人が1回、うっかり1ヶ月遅れてしまったことで駄目でした。 

――たとえばコロナ禍では、多くの人たちが仕事を失ったり、収入が激減したりということがありました。

それでまたもう1回やり直しになる。この傾向はここ最近、2019年ぐらいから明確になってきていると思います。

国会前シットインで掲げられたプラカード(安田菜津紀撮影)

ただ追いつめるのではなく、文化や言語への目配りを

――それだけ厳しいハードルを乗り越え、ようやく永住許可を得られた人たちに対して、また突き落とすような、永住許可を今よりも取り消せるようにする制度をなぜ導入しようとしているのでしょうか。

政府の公式な説明としては、冒頭にお話した技能実習制度に変わる「育成就労制度」という新しい制度の導入により、永住につながる外国人の受け入れ数が増加すると予想されることから、永住許可制度の適正化を行うというものです。

――永住許可の取消が制度として導入されてしまった場合、どんな問題が起きると考えられますか?

入管法上の義務を怠ったとか、公租公課を故意に支払わない、それから退去強制事由には当たらないような、いわば軽微な法令違反でも永住を取り消すことができるとしているのが今回閣議決定された制度です。

しかし、税金や社会保険料を、状況が変わってしまい払えないとか、軽微な刑罰法令違反とか、誰にでも起こりうるようなことに対しては、既にそれに適切なペナルティがあるわけです。

――たとえば税金の滞納が遅れたら督促状が来る、場合によっては差し押さえになるなど、他の日本国籍の人たちと変わらず受ける可能性があります。

それが外国籍者にだけは、日本で生きていく上での基盤である在留資格そのものを揺るがす、というのは非常に差別的だと思っています。

――故意に税を支払わない場合、永住権が取り消される可能性があるとのことですが、たとえば生活に困窮したり、うっかり忘れてしまった場合でも、故意と見なされる懸念があるのではないでしょうか?

法律上の「故意」は「悪気」とは違います。たとえば税金や社会保険料は前年の収入を元にかかってくるので、大きく状況が変わってしまい払えない、けれども払わなければならないとは分かっている、というようなことも「故意」とみなされます。

今回の法案の1つのポイントは、とても範囲が広いことです。入管法上の義務で言うと、在留カードを携帯していなかったなど、小さなことも該当します。そんなことはしませんと説明するかもしれませんが、やる気になったらできる制度の作り方がされていると言えます。

――税の未納の背景として、生活困窮などの状況にある人たちに必要なのは、社会保障など、より安定した生活への視点だと思いますが、むしろ不安定化させるようなことをやろうとしている。

そうですね。あともう1つ私が相談を受けていて思うのは、やはり言葉が分からないことが理由で制度が理解できないことがあるという点です。

税金や社会保険の仕組みは、国によって全然違います。どうしたらいいか分からず、放置していたら差し押さえられてしまった、ということもあります。

だから今後も、まずは制度を理解してもらう、分かる言葉で説明することからきちんと始めないといけません。ただ追いつめていくというのは、根本的な解決にもならないですし、外国籍者の方がきちんと仕組みを理解して生きていくのとはむしろ逆になってしまう。文化や言語への目配りを欠いてしまうと、大きな問題になると思います。

特に外国籍者が少ない自治体だと、やはりそこは行き届かない。その意味で、住んでいる場所による不公平のようなことも、今後生じることになりかねないと感じます。

奴隷制度廃止!全国キャンペーン相談会が主催する国会前シットインで(安田菜津紀撮影)

「永住者でさえ追い出せる」が「〇〇人を追い出せ」につながる

――この制度導入の議論自体が、少しでも制度的な不備を抱える外国人は追い出していいという社会的なメッセージになってしまい、さらなる差別に繋がってしまうのではないでしょうか?

これまで永住者は、日本の社会の一員と捉えられてきたところがあると思います。しかし、それがいつでも追い出せる、ささいなことを理由に取り消そうと思えば取り消せるものにするというのは、「たとえ永住権を取ってもまだ日本の社会には入れさせない」という、強烈な意思表示だなと思っています。

最近のヘイトスピーチで典型的なものが、「〇〇人を追い出せ」ですが、「永住者でさえ追い出せる」ということが、そこに繋がっていってしまうのではないかと懸念します。

――本来であれば、本年度中は可否も含めて検討するという段階だったところ、実態調査などを飛ばして進めているという手続き的な問題もあります。

法律をつくるには、その法律をつくるのに必要な事実の基礎、「立法事実」がとても重要になるのですが、今回の場合、「永住権を取ったら税金を払わなくなると言っている自治体の人がいます」というような、曖昧な話しかされていません。

永住許可取消は外国籍者の人にとってはものすごく大きなことですが、実際に本当に必要なのか、たとえば諸外国と比べても妥当なのかといった議論や調査を終えてないことは明らかで、そこをきちんと尽くさずに、育成就労制度と共にこれも入れましょうという乱暴な進め方がされているように思います。

※出入国在留管理庁は5月8日、「永住者に生まれた実子の永住許可申請」のうち、2023年1~6月に審査を終えた1825件中、扶養者である永住者の公租公課の未納が235件あったとした。このうち「故意に支払わなかった件数」について、政府は回答していない。そもそもこの「サンプリング」自体が非常に限定的な対象への調査であり、「永住者」を代表するものとは言い難い。

毎日新聞が2024年5月8日付で、「永住者、税金など未納は1割 厳格化めぐり国が初公表」というタイトルの記事を配信しているが、これは「ミスリード」と言わざるを得ないだろう。

また、この「サンプル調査」のうち、国民年金の未納率は1割強だが、厚生労働省が発表した2021年度の国民年金保険料の納付率が73.9%(未納率は約26.1%)だ。

――現に永住許可を持っている方、あるいはこれから得ようとしている方から届いている声はありますか?

やはり自分たちの永住許可は大丈夫なんだろうか、取り消されてしまうんだろうかという不安の声を多く聞きます。こんなに苦労して取っても、簡単に取り消されてしまうのかという不安と失望と。何をどうやったら取り消されるのか分からないので、その混乱のようなものが広がっていると思います。

ただ、本当に突然出てきたことなので、そもそもこのこと自体が知られていないということも、別の問題としてあります。この法案の対象となる範囲は本当に広いので、実はすごく利害がある方たちにもまだ届いていないというのがとても大きな問題です。

――今年の2月9日に開かれた「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」、この「外国人材」という言葉にも違和感がありますが、この会議の中で岸田首相が「我が国が外国人材から選ばれる国になるという観点に立って制度の見直しを進める」という旨を発言しています。こうした岸田首相の発言や姿勢は、どう捉えていますか。

「外国人材」という言葉自体がやはり、人として捉えられていない感じがしますが、永住資格を取ってもなお日本社会の一員ではない、という線引きが明確になる中で、選ぶことができる人が日本を選ぼうとは思わないんじゃないか、既にそういう状況が起きつつあると思います。

他の先進国でも移民政策は大きな問題にはなっていますが、やはり私たちの国のあり方そのものの問題だと思います。「日本は移民政策がない」と言われてきましたし、移民という言葉自体も政府は使いたがらないですが、この間はっきりしてきているのが、とにかく「働きには来てください」、でも日本社会の正式な構成員になることにはものすごくハードルを上げていく、ということです。働く人を受け入れれば受け入れるほど、日本に「住みつく」人のハードルはどんどん上げていくというのが、一貫してなされてきていると思います。

他方で、日本の人口も減っていく中で、「働きにだけ来てくださいね、追い出すのはこっちが勝手にやりますからね」という社会で本当にいいのか。それで社会として成り立っていき続けるのか、未来があるのかというところは、私たち自身に突きつけられている問題だと思います。
(2024.5.20 / 聞き手 安田菜津紀、 編集 伏見和子)

(全文は引用元…へ)

【プロフィール】
鈴木雅子(すずき・まさこ)(弁護士)

1999年 弁護士登録(51期)、はやぶさ法律事務所入所
2000年 いずみ橋法律事務所入所
2004年 バージニア大学ロースクール卒業(LLM)
2005年 弁護士法人あると入所
2010年 東京パブリック法律事務所外国人部門責任者
2012年 東京パブリック法律事務所三田支所共同代表
2014年 いずみ橋法律事務所復帰

日弁連人権擁護委員会委員国際人権部会、日本弁護士連合会人権擁護委員会難民国籍特別部会、全国難民弁護団連絡会議世話人、外国人ローヤリングネットワーク共同代表、特定非営利活動法人JFCネットワーク理事長、特定非営利活動法人 移住者と連帯するネットワーク(移住連)理事、国際人権法学会理事ほか

引用元 https://d4p.world/27240/

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