もっと詳しく

以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「You were promised a jetpack by liars」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

SF作家として、スペースコロニーのようなSFの定型表現が文化戦争の火種になっているのをいささか奇妙に感じている。たとえば、ジェットパックだって「約束されていた」じゃないか。

正直なところ、ジェットパックの実用性をあまり深く考えたことがなかった。というのも、ジェットパックは(「宇宙家族ジェットソン(The Jetsons)」のように)視覚的な省略表現やメタファーとして使われているからだ。ちょっと真剣に考えてみれば、住宅街を時速75マイルで突っ走る2トンの殺人マシンを操縦する、注意散漫だったり、ラリっていたり、酔っぱらってたり、自殺願望があったり、殺人衝動を抱いたりしている連中に、高性能爆薬を背負って我々の頭上を飛んでほしくない理由は自明だろう。

ジェットパックは、SFにおいては興味をそそる仕掛けや文学的なシンボルにはなりうるが、ジェットパックがある世界に実際に住みたいとは思わない。ただ、それについて読みたいし、もちろん書きたいとは思う。

https://reactormag.com/chicken-little/

私は軽率にも、これこそが「約束」されたジェットパックを手に入れられなかった理由だと思っていた。そう、約束はあったのだ。万国博覧会やディズニーランドなどの大々的な見世物で、驚く群衆の頭上高くロケットマンがジェットパックで飛んでいく映像を見て私は育った。『サンダーボール』には、ジェームズ・ボンド(正統派のコネリー版ボンドだ)がジェットパックで脱出するシーンがあった。『ギリガン君SOS(Gilligan’s Island)』のエピソードでも、漂流者たちがジェットパックを見つけ、ハワイまで飛んで帰ろうと画策するシーンもあった。

https://www.imdb.com/title/tt0588084

明らかに、ジェットパックは実現可能だったが、何の意味もなかったので、使わないことにしたのだろう?

しかし、私は間違っていた。ポッドキャスト「99 Percent Invisible」の最新エピソードで、クリス・ベルーベは何十年もテレビで見てきたジェットパックの歴史をたどり、それらがすべて同じジェットパックであり、たった一人の男性が操縦し、そのたびに命賭けで飛んでいたことを明らかにした。

https://pluralistic.net/2022/10/09/herbies-revenge/#100-billion-here-100-billion-there-pretty-soon-youre-talking-real-money

問題のジェットパック(厳密には「ロケットベルト」)は、1960年代に国防総省の資金援助を受けたベル・エアクラフト社のウェンデル・ムーアが製作したものだ。ベル社のロケットベルトは、燃料として濃縮過酸化水素を使用し、1,000度以上の温度で燃焼した。そして、ロケットベルトの最大飛行時間はたった21秒だった。

このような制約があったため、ロケットベルトを使えるのは、高度な危険耐性を持つスタントパイロットだけだった。21秒間戦場を飛び回ることで歩兵に与えられる戦術的優位性は、極めて重く、扱いにくく、爆発性の極めて高いリュックサックに歩兵が縛られるというデメリットによって完全に打ち消された。ましてや、ロケットマンがジェットパックの秒単位の容量を把握できずに墜落する可能性が高いことは言うまでもない。

無論、ロケットベルトが一般市民の通勤手段になることはなかった。通勤が21秒の飛行時間で済むなら、地獄の業火を背負い、墜落の危険を冒すよりも、歩いた方がマシだ。

ジェットパックの技術的限界を知れば、我々がジェットパックを手に入れなかった理由は明らかだ。では、なぜ我々はそれを期待したのか。約束されたからだ。そしてその約束は嘘だった。

ムーアは優れたショーマンであり、つまりはペテン師だった。彼はマスコミに、1〜2年以内には誰もがジェットパックを背負うようになると言い続けた。そして、多感な青年ビル・スイターを捕まえて、ロケットベルトの派手なデモンストレーションを行わせた。勇敢なロケットマンがジェットパックを操縦する映像を見たことがあるなら、それはほぼ間違いなくスイターだ。スイターは『サンダーボール』でコネリーのスタントダブル(スタント兼替え玉)を務め、眠れる森の美女の城の周りをロケットベルトで飛んだのも彼だった。

ポッドキャストでのスイターのインタビューは実に愉快だった。スイターは陽気で不遜な老操縦士で、並外れた人生を送り、「サプライズってのは、ミまで出ちゃったオナラのことさ」なんて素晴らしい名言をカマしながら、巧みなタイミングで物語を語る。

しかし、ベル社のロケットベルトの話で最も印象的だったのは、ムーアとベル社が成し遂げた欺瞞の形だ。ロケットベルトの限界には触れず、スイターの命を平然と何度も危険にさらすことで、ジェットパックがどこにでもあり、広く普及しようとしているという印象を与えることができたのだ。

さらに彼らは二重の駆け引きをしていた。入念に演出された定型のデモで世間の注目を集めたのは、彼らの期待をテコに、さらに多くの国防契約を獲得するためだった。最終的に、アンクル・サッカー(米国政府の皮肉な呼び名)は彼らのインチキ事業への資金提供を中止し、デモは鳴りを潜め、ジェットパックの「約束」は破られた。

「99 Percent Invisible」のエピソードを聞いていて、この手口の既視感に驚かされた。過去10年にわたり、自動運転車の連中が人間の運転手がすでに時代遅れだと我々全員に植え付けるためにやったことと全く同じだ。その手口はほぼ同じで、「完全自動運転まであと1〜2年」と10年間毎年主張する恥知らずのペテン師がいるところまでそっくりそのままだったのだ。

https://www.theverge.com/2023/8/23/23837598/tesla-elon-musk-self-driving-false-promises-land-of-the-giants

ポチョムキンのロケットベルトは計算されたミスディレクションだった。そして「完全自動運転」のデモも同様で、よく手入れされたクローズドコースでの、あらかじめプログラムされた日常的な走行だったことが判明している。

https://www.cbsnews.com/news/tesla-autopilot-staged-engineer-says-company-faked-full-autopilot

実用的なロケット工学は「すぐそこまで来ている」ことは決してなかった。21秒間飛ぶ爆風炉を実用的な輸送手段に改良することはできなかったからだ。タンクを大きくしても、この代物を安全にしたり、運びやすくしたりすることはできない

ジェットパックの興行師は、アンクル・サッカーを騙して太っ腹な軍事契約を手に入れることで金儲けをしようとした。ロボットカーの詐欺師たちは、手品師のトリックを使って公開市場で金儲けをした。Uberは自動運転タクシーを約束して株式公開したにも関わらず、Uberの自動運転部門は25億ドルを溶かして、平均走行距離0.8キロメートルで死亡事故を起こす車を生み出し、その事業を手放すのに他社に4億ドルを払わなければならなかった。

https://pluralistic.net/2022/10/09/herbies-revenge/#100-billion-here-100-billion-there-pretty-soon-youre-talking-real-money

自動運転車だけではない。マスコミが軽信して宣伝する、驚くほど印象的なAIデモは、何度も詐欺だと判明している。派手なイベントでステージ上で踊るロボットは文字通り、ロボットスーツを着た男だった。

https://www.businessinsider.com/elon-musks-ai-day-tesla-bot-is-just-a-guy-in-a-bodysuit-2021-8

ハリウッドを駆逐するはずのAI生成の動画プロンプトシステムは、使うのが非常に面倒で、機能が極端に制限されているため、まったく使い物にならない。

https://www.wheresyoured.at/expectations-versus-reality

新素材発見においてAIが何世紀分もの進歩をもたらしたとされるが、実際には既存の素材のささいなバリエーションと、絶対零度でしか存在しない大量の素材を「発見」しただけだった。

https://pluralistic.net/2024/04/23/maximal-plausibility/#reverse-centaurs

レジを使わずに商品を手に取ってカゴに入れるだけのAIスーパーは、実は低賃金のインド人労働者がコールセンターで必死にあなたの映像を見つめ、カバンに何を入れたのかを必死に見極めようとしていただけだった。

https://pluralistic.net/2024/01/31/neural-interface-beta-tester/#tailfins

こうしたイカサマが発覚しても、不思議なことに幻滅を招くことはない。記者たちは、マーケティング担当者に騙されたことに腹を立てるどころか、「これは嘘ではない、時期尚早な真実なのだ」というマーケティングの主張を繰り返すような腹話術に乗せられてしまう。確かに今日これらはフェイクだが、製品が洗練されれば、もはやフェイクは必要なくなるのだ、と。

ジェットパックの時代に軽率なマスコミがやっていたのと大差はない。「確かに、21秒間のロケットベルトは、カウンティフェアに集まった田舎っぺを驚かせる以外には全く役に立たない。でも、あの男の背中に桁違いの高性能爆薬を詰め込む方法を編み出せば、本当に飛び立つようになるんだ!」

これのAI版が、確率的なオウムに桁違いの学習データと計算を投入し続ければ、いずれ生命が宿って、超知性を持った全能のテクノロジー精霊になるというものだ。つまり、馬の繁殖を続けてどんどん速く走れるようにしていけば、いずれ優秀な牝馬の一頭が機関車を生むはずだ、ということになる。

https://locusmag.com/2020/07/cory-doctorow-full-employment/

社会として、我々はテック長者に異常なほどの力を与えてきた。その彼らは、自らを袂を分かったSFファンであり、SF黄金時代の夢の「約束」を実現したいだけだと言う。そして、スペースコロニー化に伴う技術的なハードルも、絶対的に克服できない欠乏も乗り越えられると主張する。

https://pluralistic.net/2024/01/09/astrobezzle/#send-robots-instead

どうやら彼らは、ニール・スティーヴンソンのディストピア風刺「メタバース」をロードマップと勘違いしている。

https://pluralistic.net/2022/12/18/metaverse-means-pivot-to-video/

チャーリー・ストロスが書いたように、この変人たちは未来についての想像的な寓話と未来の予測の違いがわからないだけでなく、ディストピアビジネスプランと勘違いし続けているのだ。

https://www.scientificamerican.com/article/tech-billionaires-need-to-stop-trying-to-make-the-science-fiction-they-grew-up-on-real

サイバーパンクは警告であって、提案ではない。頼むから、Torment Nexusを作るのはやめてくれ(訳注:Torment Nexusは「人類のために決して作ってはいけないもの」を指すミーム)。

https://knowyourmeme.com/memes/torment-nexus

テック長者は破られた約束を果たそうとしていると公言しているが、彼らはその約束が嘘つきによってなされたものであることを知っている。不可能を売り込むための興行師のかくし芸であったことを知っているはずだ。「ジェットパックを約束された」のは、降霊会を開く「霊能者」が死者と話す導管を約束したのとも、見世物小屋の呼び込み男が女の子がゴリラに変身すると約束したのとも同じ意味なのだ。

https://milwaukeerecord.com/film/ape-girl-shes-alive-documentary-november-11-sugar-maple/

まさにスーパーヴィランの出生譚だ。「私はジェットパックを約束されたが、大人になってそれがただの特殊効果だったことを知った。だから復讐として、超知性AIと自動運転車を約束しよう。もちろん、特殊効果だ」。

言い換えれば、「幻滅したジェットパックファンとして死ぬか、ジェットパックの嘘をでっち上げた、忌み嫌う詐欺師となって長生きするか」だ。

Pluralistic: You were promised a jetpack by liars (17 May 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: May 17, 2024
Translation: heatwave_p2p

The post なぜ我々はジェットパックの実用化というウソっぱちを信じたのか first appeared on p2ptk[.]org.