以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Subprime gadgets」という記事を翻訳したものである。
封建的セキュリティの約束:「あなたのデジタルライフの管理を私たちに委ねてください。そうすれば、賢明で巨大な企業である私たちが、破滅を招く致命的な間違いを、あなたが犯さないようにしてさしあげます」。
https://locusmag.com/2021/01/cory-doctorow-neofeudalism-and-the-digital-manor/
大手テクノロジー企業は封建領主であり、プラットフォームはその要塞だ。要塞に身を寄せれば、領主は城壁の外に広がる無法地帯を徘徊する盗賊からあなたを守ってくれる。
これが約束であり、ここに失敗がある。領主があなたを攻撃しだしたらどうなるだろうか? 大手テック企業があなたに危害を加えようとすれば、要塞はすぐさま牢獄と化し、分厚い城壁があなたを閉じ込める。
これはAppleの常套手段だ。「このボックスをクリックすれば、私たちはプラットフォームを制御して、Facebookがあなたを監視するのを阻止します」(要塞としてのiOS)。「どのボックスをクリックしても、私たちはあなたを監視し、どのアプリをインストールできるかを制御できるので、私たちの監視はブロックさせません」(牢獄としてのiOS)。
https://pluralistic.net/2022/11/14/luxury-surveillance/#liar-liar
しかし、それはAppleだけではない。テクノロジーに関するユーザの選択を無効化する権限を自らに与える企業は、いずれは誘惑に負け、その権限を利用して自社の利益のためにユーザを犠牲にするようになる。
https://pluralistic.net/2023/07/28/microincentives-and-enshittification/
企業が第一幕で暖炉の上に銃を置いたなら、KPI(重要業績評価指標)に取り憑かれた経営陣たちは、第三幕の年次業績評価を見越して、その銃であなたの頭を撃つよう誘われるのだ。
https://pluralistic.net/2023/12/08/playstationed/#tyler-james-hill
特に悪質な管理形態が「トラステッド・コンピューティング」とその下僕である「リモート・アテステーション」だ。大まかに言えば、デバイスがその構成情報を収集し、あなたがその情報を隠そうとしても、その構成についての検証可能な証明を第三者に送信するよう設計されている状態を指す。
https://www.eff.org/deeplinks/2023/08/your-computer-should-say-what-you-tell-it-say-1
HPの新しいプリンタは、ユーザの使用状況を継続的に監視し、印刷した文書をマーケティングデータとして収集するよう設計されている。使用するにはクレジットカードを差し出さなければならず、プリンタにアクセスできなければ、HPは罰金を科す権利を留保している(プリンタへのアクセスを遮断されると、HPはユーザを監視できなくなるし、使用料を請求できなくなるから)。
通常であれば、この種の技術的攻撃に対しては、例えばプリンタのコンピュータがユーザを監視するのを防ぐアフターマーケット改造などの防衛策が講じられる。これは「敵対的相互運用性」と呼ばれ、かつては一般的な技術的対抗手段だった。
https://www.eff.org/deeplinks/2019/10/adversarial-interoperability
HPプリンタのユーザをHPから守ろうとする敵対的相互運用者は、HPに偽のテレメトリーデータを送信し、ユーザがコンピューティング能力を掌握したことを検知できないようにして、クレジットカードへの罰金請求トリガーを回避させてくれる。
そこで登場するのがリモート・アテステーションだ。「トラステッド・プラットフォーム・モジュール」と呼ばれる封印されたモジュールや、(信頼性は低いが)「セキュア・エンクレーブ」というモジュールを仕込み、プリンタが実行するソフトウェアの情報を収集して暗号で署名することで、HPはユーザがプリンタを改造したかどうかを検知できる。HPはあなたのプリンタにあなたの秘密を敵対者に漏らすよう強制できるのだ。
リモート・アテステーションは既にモバイルプラットフォームの強力な機能として組み込まれており、ユーザが利用するサービスを提供する機関や企業が、ユーザのデバイスと通信する前に、ユーザが完全に無防備であること(広告やトラッキングをブロックしていないこと、あるいはユーザからプラットフォームへの権力をシフトさせる他のことを何もしていないこと)を確認できるようになっている。
さらに、これらの「トラステッド・コンピューティング」システムは、ユーザのデジタル・ウェルビーイングを妨げる技術的障壁であるだけでなく、法的強制力も有している。デジタルミレニアム著作権法1201条のもとでは、こうした密告チップは「効果的なアクセスコントロール手段」とみなされ、それを回避する手助けをした者は、初犯で50万ドルの罰金と5年の禁固刑に処せられる。
封建的セキュリティは、トラステッド・コンピューティングとリモート・アテステーションで要塞を築き、それを用いてユーザを略奪者から守ると約束する。リモート・アテステーションにより、ユーザのデバイスが危害を加えようとする者によって侵害されたかどうかを判断できる。たとえデバイスが盗賊に汚染されたとしても、デバイスの構成に関する信頼できる証明を得られる、と。
https://pluralistic.net/2020/12/05/trusting-trust/#thompsons-devil
ユーザがコンピュータのリモート・アテステーションを無効にできないということは、無効にするよう騙されることもないということだ。つまりそれは、ユーザではなくメーカーに属するコンピュータの一部であり、所有者の命令のみを受けつける。善良な独裁者が善良である限り、これはユーザ自身の過失や愚行、誤りから保護してくれるだろう。だが、企業の領主が略奪を開始すれば、丸飲みにされるまでユーザは何一つ抵抗できない。
さて、これを踏まえた上で、債務について話そう。
債務はあらゆる経済の通常の特徴だが、今日の債務は、賃金が停滞し、格差が急拡大する以前の債務とは異なる役割を果たしている。40年前、新自由主義は、労働組合と規制への攻撃によって、労働者から富を奪い、金持ちをさらに豊かにするという、世代を超えたプロセスを開始した。
天才スリ師のアポロ・ロビンズの手口を見たことがあるだろうか。ロビンズが腕時計を盗む時、手首に指を巻きつけ、腕時計のバンドに絞められているかのように巧みに圧力をかけながら、時計を外す。そして、そのことに気づかないほどゆっくりと握力を緩めていく。
富裕層がそれ以外の我々をうまいこと貧しくするには、賃金や貯蓄、未来を盗まれているにもかかわらず、まだ大丈夫だと感じさせるものを提供する必要があった。そこで、彼らは環境保護や労働者保護の規制のゆるい海外にアウトソーシングしつつ、コスト削減の分前として、我々により安い金額でより多くのものを買えるようにした。しかし、賃金が停滞し続ければ、大型テレビがいくら安くなったって意味がない。財布がカラになれば何も買えないのだから。
そこで、海外のスウェットショップで製造された安価な商品と並行して、容易な信用、つまりは簡単に借金できるようになった。賃金が下がるにつれ、そのギャップを埋めるべく債務は増えていった。しばらくの間は、それで大丈夫だと感じられた。賃金は落ち込み、医療費や学費は急騰しても、あらゆるものが安価になり、借金が容易になり、家族の主要資産である住宅の価値も上昇したのだから。
この期間はジョン・ケネス・ガルブレイスが「ペテン師が不正に得たお金を手にしているのは分かっているが、被害者がまだそれを失ったことに気づいていない魔法の瞬間」と表現した「ベズル」だった。アポロ・ロビンズが時計を持っているのに、あなたがそれに気づくまでの瞬間だ。その瞬間、あなたとロビンズの両方が時計を持っていると感じる。実際、腕時計がもたらす幸福の供給量が一時的に増加する。
債務に支えられた消費には当然限界がある。マイケル・ハドソンが言うように、「返済できない借金は返済されない」。債務者が返済できる以上の金額を借りてしまったら、債権者は貸付に消極的になるし、さらに悪いことに、債務者の資産を清算する権利を要求し始める。これは特に、債務者が所有する唯一の実質的な資産が頭上の屋根しかない場合、非常に深刻な政治的不安定を招くおそれがある。
https://pluralistic.net/2022/11/06/the-end-of-the-road-to-serfdom/
「返済できない借金は返済されない」が、債権者が我々から搾り取ろうとするのを止めることはできない。破産者が増えるにつれ、破産制度は骨抜きにされ、合理的に支払える範囲を超えて借金の返済を続けさせるよう脅す懲罰的措置に変えられた。
https://pluralistic.net/2022/10/09/bankruptcy-protects-fake-people-brutalizes-real-ones/
そこに「サブプライム」、つまり返済の見込みのない借り手に貸付するローンが登場した。みんな、サブプライム住宅バブルを覚えているだろう。複雑で欺瞞的な住宅ローンが組まれ、その住宅を転売するか、借り換えローンを組むという約束を前提に融資されていた。だが、その「ティーザー金利」が満期を迎え、住宅を保有し続けるための金額が2倍から3倍に跳ね上がったとき、サブプライム住宅ローンは爆発四散した。
契約上、サブプライム住宅ローンは、支払いが滞れば住宅に投資した全額を失うことになり、そうなったら債務者はみんな大人しくホームレスになってくれるという信念に基づいて貸し出されていた。一瞬、大量差し押さえに対する反乱が起きそうになったが、オバマとティモシー・ガイトナー(財務長官)は、銀行を救済するために「滑走路に泡を敷く(foam the runways)」として、数百万の米国人が自宅を失うことを容認した。
これがサブプライムで儲ける手口だ。返済能力のない人々に略奪的なローンを提供し、当然彼らは借金を返済できなくなるので、そうなったら彼らの資産を没収する。
しかし、昔から高利貸しにはもう一つのサブプライムの手口がある。法外な金利で金を貸し、借り手が絶対に借金を返済できないようにして、できる限り長い期間支払い続けるよう追い込むことだ。これをうまくやれば、借り手は元金の数倍の金額を支払ってくれるし、それでもなお借金を抱え続けてくれる。借り手が稼ぎ続けてくれる限り、そのお金の大半は貸し手の懐に入ってくる。大学進学のために7万9000ドルを借り、19万ドルを返済したのにまだ23万6000ドルの借金がある米国人を思い出してほしい。
https://pluralistic.net/2020/12/04/kawaski-trawick/#strike-debt
この手の高利貸しは儲かることは儲かるのだが、じつに労働集約的だ。まずは借り手に到底支払えないような支払いをさせるのも一苦労だ。高利貸しは、借り手のミルクシェイクの底にまでストローを突っ込んで、一滴残らず吸い上げなければならない。結婚指輪を売り、子供の大学資金を切り崩し、父親のコインコレクションを盗み、車上荒らしでステレオを盗むよう借り手をそそのかさなければならない。「カモ」をその気にさせ続けるには、濃密な対面での関わりが不可欠だ。
ここでデジタルとサブプライムが出会うことになる。アメリカには1兆ドル相当のサブプライム自動車ローンがある。これは略奪以外の何ものでもない。貸し手は低額の頭金・低金利のローンを提示し、「カモ」にボロ車を売りつける。最初のうちは低金利なので、借り手はその金利で数ヶ月間支払いを行うが、その後金利は借り手の支払い能力を超えて跳ね上がる。
トラステッド・コンピューティングにより、このペテンはシリアスな産業と化す。まず、車が自分の位置情報を密告して、差し押さえ屋に居場所を知らせることができる。テスラはさらに一歩先を行く。支払いが滞ると、テスラ車は自ら機能を停止し、本社に連絡する。そして駐車場で差し押さえ屋が来るを待ち、クラクションを鳴らしてライトを点滅させながらバックで出ていくのだ。
この「動作しなくなる」トリックは、抜け目ないサブプライム自動車ローン業者が2つのサブプライムを組み合わせる方法を示している。資産(自動車)を担保に融資を受けさせるだけでなく、借り手に他の生活必需品よりも返済を優先させることを矯正できるのだ。車が勝手に動かなくなれば、食料品や養育費や家賃が払えなくなったとしても、ディーラーに電話してクレジットカードを差し出してしまうかもしれない。
デジタルツールについて言えることは、柔軟性があるということだ。貸し手が思いつくどんなサディスティックな動機づけテクニックでも、コンピュータ化されたデバイスは実行できる。サブプライム自動車市場は、強制的な取り立て戦術次第だ。勝手に車が動かなくなるのはもちろんのこと、スピーカーから大音量で、あなたは滞納者だ、今すぐ支払えという音声が流れ続ける車なんてどうだろう?
https://archive.nytimes.com/dealbook.nytimes.com/2014/09/24/miss-a-payment-good-luck-moving-that-car
サブプライムの貸し手が、ガジェットを利用して借り手をもっと追い詰めることができるなら、もっと多くのローンを発行できる。そうして、オートメーションによる大量失業がもたらされる。通常、一握りの富裕層に完全に支配された経済は、大衆に生存よりも借金の返済を優先させるには、無数の無慈悲な取り立て屋が必要だ。だが、トラステッド・コンピューティングが可能にする無限に柔軟で疲れ知らずのデジタル取り立て屋は、こうした熟練拷問者の雇用を奪うことになる。
https://pluralistic.net/2021/04/02/innovation-unlocks-markets/#digital-arm-breakers
しかし、トラステッド・コンピューティングの世界的リーダーは自動車ではない。携帯電話だ。メーカーがドライバーの反対を押し切って車に命令できるようになるずっと以前から、AppleとGoogleは、どのソフトウェアを、どのように実行できるかを決定するアプリストアを有する「キュレーティング・コンピューティング」を発明していた。
2021年、インドのサブプライムローン業者は、借り手の携帯電話にデジタル取り立てソフトウェアをインストールさせ、ローンの担保にする戦略を編み出した。
https://restofworld.org/2021/loans-that-hijack-your-phone-are-coming-to-india
このソフトウェアは、アプリの使用に関する統計情報を収集する。支払いが滞ると、最もよく使うアプリへのアクセスがブロックされる。それでも支払いに応じなければ、次に好きなアプリ、その次、その次とアプリが使えなくなっていく。
このようなデジタル取り立ては、電話がユーザ自身よりもメーカーやアプリメーカーからの遠隔指示を優先するよう設計されている場合にのみ可能となる。また、デジタル取り立て企業が、ユーザが電話をジェイルブレイクしていないことを確認できる場合にのみ機能する。ジェイルブレイクすれば、アプリが無効化されたという偽のデータを送信しながら、実際にはそのアプリを使い続けられることもできる。つまり、この種のデジタル・サディズムは、トラステッド・コンピューティングとリモート・アテステーションがある場合にのみ機能する。
そこで登場するのが「Device Lock Controller」(訳注:リンク)だ。これはGoogle Pixelスマートフォンの一部にプリインストールされているアプリだ。このアプリの説明を引用しよう。「デバイスロックコントローラーは、クレジットプロバイダーのデバイス管理を可能にします。支払いを行わない場合、プロバイダーはデバイスへのアクセスをリモートで制限できます。」。
https://lemmy.world/post/13359866
GoogleはAndroidユーザに、同社の「ウォールドガーデン」はあなたに悪事を働こうとする人々からあなたを守る要塞だアピールしている。しかし、彼らが何者かにあなたを追跡することを許可すれば、その要塞を逃れることのできない牢獄に変えるソフトウェアをプリインストールしているのだ。
このように自動化されたきめ細かな懲罰を、「効率的な市場」を生み出す単なる道具と捉える経済学者もいる。彼らにすれば、取り立ての自動化によって、信用を得られなかった善良で勤勉な人々が、もっと借金できるようになるじゃないか、と。このような仕組みがあれば、貸し手は、完全な窮乏に至るまで借り手に支払いを続けるよう「動機づけ」られるからだ。
これは古典的な効率的市場仮説の脳内寄生虫であり、人間を経済的観点からのみ捉え、人間同士の力関係を考えない場合に行き着く認知的袋小路だ。第二次世界大戦以降、かつてないほど少ない資産と低い賃金の膨大な債務者がいるという現状を、「自然な」状態として扱うことによって行き着く袋小路なのだ。「貧乏人が大切なポケットコンピュータに罠を仕掛けることに同意しないなら、どうしてこれ以上借金できるとお思いで?」
(Image: Oatsy, CC BY 2.0, modified)
Pluralistic: Subprime gadgets (29 Mar 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: March 29, 2024
Translation: heatwave_p2p
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