国際政治学者の三浦瑠麗氏が9日までに自身のX(旧ツイッター)を更新し、7日に投開票された東京都知事選での応援演説をめぐって、私見を展開した。
三浦氏は「日本は女が権力を持つハードルがまだまだ高い社会。女性で少し目立つようになると『彼女を利用して本当は自分の意思を通したい』人が群がりますが、それは真の応援団ではありません」と指摘。「彼らの言動があなたの足を引っ張る場合は、勇気を出して遠ざけるか、切りましょう。自分のことを良く言ってくれるからといって、善をなすとは限らない。自立した個というのは本来孤独なものです」とつづった。
続けて都知事選の候補者名をあげて記述。「さて、蓮舫陣営の応援演説の中には、小池百合子氏を誹謗し、歴代の男の権力者にすり寄ってのし上がってきたと非難し、蓮舫氏は違う、自立しており女の味方だとする男性弁士もいました。自分の陣営の女が言うことは正しい、相手陣営の女は男がバックにいるとみなすか男にすり寄っていると非難する、というのはあまりに典型的すぎて教科書にのるレベルの女性蔑視です」とつづると「政治家の価値を論じるにあたって、性別は一切関係ありません。自分の主張に賛同し共に歩んでくれる女のみ『自立した女』だとみなすのは、そもそも女という存在自体を自立していないとみなしていることになるからです」とした。
三浦氏は「こういう応援弁士に対し、『性別の問題を持ち込むな』『お前が女を勝手に比べてジャッジするな』と立憲民主党、共産党陣営から一言も出てこなかったところに、この国の”リベラリズム”や人権派の堕落とご都合主義が窺えます」とコメント。「選挙の足を引っ張るつもりはないので、選挙後に書いておきます」とした。 続く投稿でも「政治系の論客の世界に10年以上いますが、自分の主張に合うときはわざとらしいほどに持ち上げ、一つでも主張が食い違うと人格攻撃をしてくる人間はたくさんいます」と指摘。「女と見ると余計に与し易しとみるのでしょうか。態度振る舞いの中にその人の本質が表れます。中傷は、単に中傷する人の人格をあらわにするだけです。小池批判はミソジニーに頼らずともできるはずです」と、女性への嫌悪感を意味する用語をあげながらつづった。
引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/dc7ef416d4922cb148b4f3d5bea3065176e810e0
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- 事実として女性からの投票はトリプルスコアで小池氏が蓮舫氏を上回っていた。 三浦氏の言葉を借りるまでもなく男性弁士による発言は蓮舫氏への援護射撃どころか女性からの拒否反応を増幅させただけだった、ということだ。
- 権力は支配する者の武器だ。恐らく学問を極めた人はこれを嫌う。だから政治家や社長にはならない。ミヒャエルエンデ氏の小説やトーマスマンのユートピアには違う世界が描かれている。お金になる物にしか興味を持たないのが権力者だ。ダーティーの象徴だ。
- この方も中々タフですね。 地上波から消えて久しいですが、復帰を狙っているのでしょうか。 まあ、自身の不祥事から地位と名誉を失った人達が粘り強く頑張っている姿を少なからず拝見しますが、一度有名人になるとそうせざる負えないのかも知れません。 個人的には哀れに感じます。
- どんな事でも誰かを褒める為に誰かを下げると言うのは上手い方法ではないと思います。 自分の推す人がどれほど優秀でこの人に投票して当選すればどれほどあなた達の生活が向上しますよと高らかに謳えば良いのに。 人権派の堕落云々と言うよりも普段の批判癖が出ちゃったんでしょうね
- 自分たちを優位にするため他の同業者を貶める様な事を言ってはいけない 世間の人達はちゃんと見てる だからこんな結果になったんでしょう 誹謗中傷したり対比で物事の優位をアピールしたりするのではなく 独自のプランやビジョンをアピールしてたら少しは結果も変わっ出たかも
- まあ政治の世界でも女性故に不利な扱いを強いている世の中というのも確かにあるわけで、私は聞いていませんが演説に問題があったとすれば現職に対して根拠の無い印象操作を行おうとしたことで、これにこそ男とか女とかの問題ではないと思う
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